音楽

2017年3月21日 (火)

好きなクラシック曲メモ

シューベルト ピアノソナタ 16番

https://youtu.be/F5-9jWakpJE?t=31s

 

ベートーベン 悲愴

https://youtu.be/VohleKAZc_U

 

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

https://youtu.be/ULIQoQRV5q0

https://youtu.be/ULIQoQRV5q0?t=5m12s

 

ブラームス 交響曲第1番 第4楽章

https://youtu.be/Nrd-UN1Q0lo?t=4m59s

 

ニールセン 交響曲第4番

https://youtu.be/L-O0g59kPi8

 

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2010年11月 4日 (木)

オタクが本気出すとスゲーことになる!

まずですね、
僕は「動画編集」について色々ネット上で調べてたんですよ。

そしたらこういう動画に出会いまして。

この動画自体もスゴイわけですが、
使われてるBGMの方もちょっと気になってまして。
妙に乗りの良い曲だな~って。
特に最後の方なんて、動画と曲が幻想的で
「なんじゃこりゃー!!」て思ったわけですよ。

で、ひょんなことから別件で
「組曲『ニコニコ動画』」ってのがスゴイ
てのを聞いて、検索してみたんです。

続きを読む "オタクが本気出すとスゲーことになる!"

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2009年8月 6日 (木)

恐怖! 「ドレ魅のうた」

「ドレミの歌」を演奏してみたのですが、何か違う。恐い・・・。
恐怖のドレミ。
 ↓

 

「ドレ魅のうた」
↑着メロにでもどうぞ。

 


サウンド・オブ・ミュージック [DVD]

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2009年6月27日 (土)

マイケル・ジャクソン

・・・まだショックが癒えません。

昨日は朝からショックでボーっとしていた。

ご冥福を、って言いたくない!
信じたくない。認めたくない。

これはアイルトン・セナのとき以来のショックです。

いやhideのときも・・・。

1994年5月1日
1998年5月2日
そして、2009年6月25日・・・。私の中で刻まれます。

 

マイケル・ジャクソン「ヒストリーツアー」見に行ったっけな。
東京ドームで生のマイケルを見た。

「デンジャラスツアー(ブカレスト)」のビデオを繰り返し見て、ムーン・ウォークを練習しまくったっけ。
このビデオはNHK衛星放送で放送された(世界中継された)ものをVHSで録画したもの。擦り切れてノイズだらけになってしまった。だからつい数年前、デンジャラスツアー「ライヴ・イン・ブカレスト」のDVDが発売された時は大喜びだった。予約する必要もないだろうに、店頭で予約をしちゃいました。僕ほどに世間は狂喜していなかったようで、売り切れの心配どころか、お店側の入荷の予定すらない・・・とか。結局は予約じゃなくて取り寄せ・・・って成っちゃったんですけどね。
今ではいい思い出です。・・・涙が止りません。

改めてアマゾンの「ライヴ・イン・ブカレスト」のページを確認してみたら、私が一番最初にレビューを書いてるよ。ハンドル名「マイキー」(2005/11/12)で書いてるのが私のコメントです。

デンジャラスツアー「ライヴ・イン・ブカレスト」、これを読んでる人、もしよかったらDVDを買ってください。見てください。感動です。
アフィリエイトは貼りません。今、マイケルでアフィリエイトポイントを稼ぐ気になれないので。

 

彼って、有る意味で不幸な人生でした。
幼少のころは親に虐待され、トラウマが一生残り、
子供時代に「ジャクソン5」として大スターになり、
大人になってからは、もう次元の違うスターに成っていく。

思えば彼には自由な時間が少なすぎた。
多感な子供時代に、子供らしい生活をする時間が少なすぎた。
マイケルが子供が好きだった・・・というのは、有る意味その時代のやり残したことを取り戻したいという思いの表れではないかと私は考えています。

「キング・オブ・ポップ」、かつてエリザベス・テーラーが彼をそう表現し、そしてそれ以来世界中がマイケルをそう呼んだ。

Michael Jackson is king of pop. forever...

マイケル・ジャクソンは父親であり、息子であり、兄弟であり、叔父であり、多くの人々の友人でもあった。そして私の中では既に神の領域。世界は彼の音楽&ダンスな伝説的ポップ・カルチャーへの途方もないインパクトを評価し感謝し続ける。

死してなお彼は伝説です。



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2009年2月18日 (水)

ユニコーン復活ですね

ちょっと遅いコメントですけど、ユニコーンが復活しましたね。

このブログのURL、「unicorn」って入ってますが、実はこのバンドから来てるんですよ。中学の頃から大ファンです。

よく「大迷惑」を大熱唱したものです。

この前、フジテレビのスま×すマにて新曲と「すばらしい日々」が歌われました。
いいですねぇ。「すばらしい日々」は車のオーディオに入っているので、歌詞は完璧に覚えてるし・・・、毎日の様に歌ってます。
だから一緒に歌っちゃいましたよ。

嗚呼、
ライブとかいきたいなぁ。

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2008年8月20日 (水)

「うみねこのなく頃に」の曲

アニメ版「うみねこのく頃に」に使われる予定の「金色の嘲笑 ~麗しの晩餐~」という曲がある。

これ、「魔女の宅急便」の久石譲の曲「海の見える街」に似てるんだけど、大丈夫だろうか。「海の見える街」の1:50くらいから。
これくらいよくある事なのかな。

♪海の見える街
umino_mieru_machi.mp3

♪金色の嘲笑 ~麗しの晩餐~
http://www.animate.tv/asx/p08080013_8iwoub_nb.asx

想像するに、
いつか聞いたことの有る「海の見える街」のメロディーを「金色の嘲笑 ~麗しの晩餐~」の作曲者が忘れかけていて、脳裏にかすかに残っていたメロディーが引き出された時、まるで自分が作曲したかのような錯覚によって、作品化してしまった・・・、そういう可能性が考えられる。
確かにこのメロディーは「海の見える街」のメインな部分じゃないし有名でもない。よって薄い記憶のみが脳裏に残っていたのかもしれない。

リスペクトされている訳ではない類似は、オリジナルを知らず知らずのうちに蔑ろにしている行為であり、とても残念な事だ。
ましてや、私は「魔女の宅急便」も、「うみねこのなく頃に」も、大好きな作品(後者は完結していないので流動的だけど)なので、残念度はひとしおです。

ま、忘れよう。
忘れて物語を楽しもう。

ここで何を言おうが曲は変わらないだろうし。
CD発売決定しちゃってるし。
やり直しは出来まい。

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2008年4月15日 (火)

携帯のCM曲「ザナドゥ」

テレビのCMを観ていて気に成った曲です。

ソフトバンク携帯のCM。
キャメロン・ディアスがベンチに座って、立ち上がってみたら、ベンチのラインがくっきり写って・・・。
どうやらペンキ塗りたてのベンチに座ってしまったようです。・・・っていうCM。
ドジなのに楽しそうに颯爽と振る舞っているキャメロンが、なんとも愛らしい。

曲は、オリビア・ニュートン-ジョンの「ザナドゥ」です。
(Olivia Newton-John「Xanadu」)
残念な事に・・・YouTubeで検索すると、視聴することが出来ます。

オリビア・ニュートン-ジョンって男だと思ってましたよ。
「ジョン」って付くから。
でも、「オリビア」って女性の名前ですよね。・・・ああ勘違い。
オリビア・ニュートン-ジョン - Wikipedia

調べてみると、70年代、80年代に活躍した人だったんですね。
私はその頃の洋楽が大好きです。
ラップとかが流行りだした90年代あたりからちょっと洋楽からは意識が遠のきました。
・・・ま、でも最近のラップやR&Bは洗練されてきて、またちょっといいんですけどね。やっぱ90年代は成長期だったんですね。


さて、「ザナドゥ」ってどういう意味なのでしょう。

昔、パソコンゲームで「ザナドゥ」っていうゲームがあったんです。
RPGだったのかな。
私はやったこと無いのですが、凄く流行っていたのを覚えています。
後にファミコンに「ファザナドゥ」という名前で移植されました。

「ザナドゥ」
これは「理想郷」とかそういう意味のようですね。
元々は、フビライ・ハーンがモンゴル帝国内に作った都の名前からきているらしいです。
中国語では「上都」と言い、現在の中国内モンゴル自治区に遺跡が現存しているようです。
中国では「桃源郷」のような存在として認識されているようです。
ま、ヨーロッパの方では、「ユートピア」とか「シャングリラ」みたいなイメージで語られている名前のようです。


オリビア・ニュートン-ジョンを調べると、彼女はかなり環境問題に熱心のようですね。
1978年に来日した際には、日本の捕鯨に対して反対の意を込めて公演をボイコットしたようです。
それ以外の目立った反対運動はしていないようですが、環境親善大使とか色々精力的にやってるようです。

彼女は現在、捕鯨問題についてどう考えているのでしょう。
私の捕鯨に対する考えは、以前このブログに書きましたが・・・。
 捕鯨問題の是非はむずかしい
古き良き文化と悪しき歴史、そして生物学的な観点と宗教的とも言える道徳心。
これらが相まって、捕鯨問題の是非は複雑な思考を強いられる。
彼女も、文化との狭間で長考しただろうか。
日本は1986年に、IWCの前面的な商業捕鯨の停止の意を受け入れた。
それ以前も彼女は日本に何度も来ており、その都度に捕鯨反対運動を繰り広げていたわけではない。
ボイコットしたのは一回だけ。

私は「物事の信念を徐々に変えていく人間」が、実は信用できる人間であると考える。
逆に信念を一生曲げない人間というのは、固定観念の塊であり、思考の停止した人間のお行いだ。
普通、周りから見れば「信用のおける人」、「信念をしっかり持ってる人」って映りやすいんですけどね。

人は変わっていくもの。
社会は変わっていくもの。
社会の科学的な事実は常に新鮮な情報であふれており、それに対して人間は自己の信念や意見を常に更新し続けていく必要がある。

オリビア・ニュートン-ジョンの環境に対する考えってどんなものなのだろう。
一度でいいから話をしてみたい・・・。

「ザナドゥ」
理想郷について彼女はどう考えているだろう。
この世の全ての人をザナドゥに導く事は可能だと思っているだろうか。
モンゴル帝国の「上都」が理想郷と成ったのは、社会のストレスがシワ寄せと成ってたの地域に分散されたからに過ぎず、それが帝国のパワーによるものなのは明らかです。
必要以上の幸せの裏には、その同じ質と量の不幸が世界のどこかに存在している。

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2008年3月31日 (月)

X JAPANの復活ライブに行った!

私は、根っからのHIDEファンです。Xファンです。
でも、髪を赤く染めたり、黒い化粧をしたりするような感じじゃないんですけどね。

18年前くらい前からです。
・・・高校で陸上部だったのですが、その先輩の影響でした。合宿で夜通しエンドレスレイン、紅、Xがエンドレスで流れて、一緒にXジャンプやらされてました・・・。その影響でファンになり、そしてアルバムジェラシーの中にあったジョーカーでHIDEのファンになりました。
ピンクスパイダーが一番大好きです。
いや、TELL MEが一番好きです。
あ、いや、50:50が一番好きです・・・。ミザリー・・・ていうか全部好き。


嗚呼・・・hide・・・。


ま、ライブも行く予定じゃなかったんですが、古くからの有人がチケットを手に入れたというので、一緒に行ってきました。
2日目の土曜日です。
1日目と違って、ちゃんと予定の開始時間に始まってビックリ。coldsweats01

やっぱり凄いです。
HIDEも映像でシンクロして各所で登場してて感激でした。
サイレントジェラシーとかジョーカーとかは歌ってくれませんでした。
ちょっと今回の雰囲気とは違う曲調ですからね、仕方ないけど。 でも生歌聴きたかったな。
ちなみに、Xジャンプは恥ずかしくて微妙に飛び跳ねてました・・。
友人も含めて回りはみんなジャンプして陶酔しきってましたけど。
やっぱちゃんとやればよかったな・・・。

Xのパワーに圧倒されました。
そして、ファンのパワーにも圧倒されました。
後でニュース見たら、25億円掛けて作り上げたライブだったとか。
すげー。

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2008年3月11日 (火)

はむつんサーブがマドンナと!!

「はむつんサーブ」すげー!
一気に世界デビューだよ。
ま、世界中のストリートダンス大会には出ていたようですけどね。

マドンナ本人がYouTubeではむつんの映像を見て直々に指名したとか・・・。
検索してみました
どの映像を見たんでしょうね。
このへんの映像を見たって事は、「ひとりでできるもん」とかも見たんだろうな・・・。あれは必要とされなかったようで・・・。
それにしても・・・YouTubeにアップされてる映像って、完全に違法アップだよね・・・。
今後、はむつん側の著作権管理ってどうするんだろう。
映像投稿サイトに関する著作権観の変化がうかがえるかもしれない「事件」かもしれません。


はむつんは、りきっちょがリーダーなのですが、ダンスは私としてはだーよし(背が低い方)の方が好きなんですよね。
超うまい!肩が柔らかい。滑らか。
人間的には2人とも楽しそうな人なので大好き。

マドンナのPVでどんなダンスするんだろうな。
どういうスタンスの出演なんだろう。
アクセント的なシーンとして使われるのかな。それともバックダンサー??

すげーなー。
ていうか、りきっちょはマイケルマニアだったはず。
彼らのダンスなら、マドンナよりも、マイケル・ジャクソンと仕事したいだろうな・・・。
いやそりゃ贅沢な要望だ。
マドンナのダンスはアメリカンアイドル的だけど、凄いパワフルだし、なんたって「マドンナ」だし!
早くみたい!

マドンナPVに初の日本人ダンスユニット“はむつんサーブ”
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080311-00000083-sph-ent

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2007年3月22日 (木)

そして「ボレロ」は伝説へ・・・ EP4 愛・おぼえてますか (サラエボの伝説…再び)

 
そして「ボレロ」は伝説へ・・・ EP1 サラエボの幻想 (映像あり)
そして「ボレロ」は伝説へ・・・ EP2 「銀河英雄伝説」
そして「ボレロ」は伝説へ・・・ EP3 ジルベスターコンサート
そして「ボレロ」は伝説へ・・・ EP4 愛・おぼえてますか

 

オリンピックの後、サラエボの街は悲劇の舞台へと変わっていった。

ベルリンの壁崩壊と共に東欧諸国に革命と独立の気運が高まりだした。
そしてかの地ユーゴスラビアも例外ではなかったのです。
「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」
そんな国が変革の時代に追いやられたのです。
そして程なく内戦状態に突入しました。

主要都市のひとつであったサラエボの街は、戦場となり、かつてのオリンピック施設の数々は破壊し尽くされました。

1994年、この年はリレハンメル冬季オリンピックでした。
しかし、当然の様にユーゴスラビアは全種目の出場を辞退しました。

そんな惨状に、人々はスポーツの力をもって訴えました。
当時の五輪サマランチ会長の呼びかけにより、10年前の開催地サラエボが内戦の戦火に曝される現状に対し、開会式にて黙祷が捧げられた。
シセル・シルシェブーは平和を願い「オリンピック賛歌」を独唱。世界中を感動させました。
この年オリンピック委員会は、ユーゴスラビア選手に対し個人種目に関して、国家ではなく個人での出場を許し、チャンスを与えました。
心憎い粋な計らいじゃないですか。


そんなサラエボの惨状に、彼等もショックを受けていました。
そう、かの地で伝説の演技「ボレロ」で金メダルと取ったフィギュアスケートアイスダンスの、トービルとディーンのペアです。
プロとして活動していた彼等は、急きょリレハンメルを目指すことに。
平和の祭典、オリンピックに出ることでサラエボの平和を願おうとしたのでした。

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