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2015年3月 4日 (水)

「日本国時代」

飛鳥時代 592年-710年
奈良時代 710年-794年
平安時代 794年-1185年
鎌倉時代 1185年-1333年
室町時代 1336年-1573年
戦国時代 1467年(1493年)-1590年
安土桃山時代 1573年-1603年
江戸時代 1603年-1868年
明治時代 1868年-1912年
大正時代 1912年-1926年
昭和時代 1926年-1989年
平成時代  1989年-現在

これが一般的に言われる日本の歴史であり、
一般的な時代区分だ。

でも、
「平成」とか「昭和」とか、
ちょっと他の時代と区分方法が違うと思いませんか?

明治以降は、元号で時代区分されている。

江戸時代や室町時代にも元号は有ったのに、
なぜか、明治以降は、元号で分けられる。

例えばもし、江戸時代を元号で分けた場合、すごい数の時代区分に成ってしまう。
「元禄」とか「天保」とか、有名ですが、日本史の時代区分としては「元禄時代」とか「天保時代」などとは言わない。
まあ、言わない訳では無いですけどね。
それらを含めて全体を「江戸時代」として扱う。

私は思うんです。
政治体制や、社会の構造からして、

大日本帝国時代 1889年-1947年
連合国軍占時代 1945年-1952年
日本国時代 1952年-現在

明治維新以降は、この様に分類するのが適切なんじゃないか・・・と。

 

江戸時代の人々は、
戦国時代が終わって、
徳川家が天下泰平の世を作り、
この世が永遠に続くと考えていたに違いないです。
・・・幕末の動乱期までは。

現在日本は、一応、現代版の「天下泰平な世」であり、日本人の殆どの人が、今現在の日本国憲法の元の「日本国」は、永遠に続く政治体制だと理解しているだろう。

もしかしたら、そうなのかもしれない。

でも、今までの世が、永遠では無かったのと同じように、
現在の「日本国」も、永遠ではないのかもしれない。

 

 

平安時代、人々は、
「政治は公家(貴族階級)が行うものであり、それによって社会が築かれている」
と理解し、その世が永遠だと思っていたに違いない。
しかし、その意識を覆す時代が訪れた。
「政治は武家が行う」という、鎌倉時代だ。

そして、江戸時代まで、ずっと。
「世の政治は武士が行うもの」として理解されてきた。
しかし、その意識を覆す時代が訪れた。
「政治は国民主権によって行う」という、明治維新以降の時代。

 

 

世の変化が起こるその時代以前までは、
絶対に予想だにしなかった政治体制だったはずだ。
しかし、それは起こる。

どんな政治体制も、
これは起こり得るもとと理解するならば、
今現在の、「日本国憲法」の元での日本国も、

もしかしたら、日本の長い歴史の中の、1つの時代の一つに過ぎず、
つまり、永遠の政治体制、永遠の社会構造ではないのかもしれない。

 

 

 

 

 

そう考えると、
今の時代を「平成時代」とか言う気にはなれなくなる。
「日本国時代」というのが正しい様な気がしてならない。

 

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コメント

この記事とは全く関係ないが、ものすごく興味のあるブログですな。

馬鹿な自分にもわかりやすく、スラスラと読める。

投稿: やまやぁ | 2015年3月 6日 (金) 04:01

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