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2012年11月13日 (火)

何でもいいから「長期政権」が欲しい

1年間という短命内閣が連続しているここ数年の日本。

こんなんじゃ何も進まない。
国の重要な部分が何も始まらない。

自民党でも民主党でも、なんでもいいから、早く長期政権を作ってほしい。

 

今の短命内閣が連続している原因はいくつかあると思う。

 

1つ目は、「世論調査」が毎週のように行われている事。
毎週のようにどこかの新聞社が「内閣支持率」を発表し、
リアルタイムな「支持率」を国民全体が気にするようになってしまったこと。

昔はインターネットなんて無かったから、世論調査の頻度も低く、国民はその数字を耳にする機会も少なかったので、純粋に日々の政治ニュースを見て内閣を評価していた。

しかし現在は、毎週のように「数字」だけがニュースとなり、その数字に誘導されて「そうだよね、支持できないよね」という思考に至る人が多くなる。

自民党政権時も同じだった。
確実に「世論調査」は、政権の寿命を縮めている。

正しい評価により迅速に”頭”がすげ変わる。民主主義として当然のことだ。・・・という話に至るかもしれないが、これは大きな間違いだ。国民は衆議院選挙によって間接的に内閣を選択している。つまり国民は、衆議院の任期である「4年間」を選挙によって選択したわけであり、国民は選択した責任として、その内閣を4年間指示する義務が有る。

しかし国民の多くは逆の思考をしている。「選んでやったのだから国民の言う事を聞け」と。
政治の仕組はその逆でなくてはいけない。自分たちの選んだトップのいうことを、国民は聞かなくてはいけない。それに”間違い”を感じたとき、「リコール」という手段も国民にはあるのだが、その手段は簡単にポンポン出してはいけない。
「国民の政治参加」が叫ばれているけれど、国民は政治に参加することに慣れていない。自分が政治の中のどのような位置や役割にあるのかを理解していない。だから、政権批判しかできずに、それが世の流れとなり、短命政権が連続してしまう。

支持率とはテレビの視聴率のようなものだ。
テレビ局の重役は、番組の価値を視聴率で評価し、番組の本質を捉えずに、良し悪しは関係なく番組は消えていく。だから結局、テレビ界全体が疲弊してほかのメディアに人は流れていく。
かつて、スポンサーに媚を売り続けたテレビ東京は徐々に衰退していった。スポンサーへの媚売りが殆ど無かったその他の局は、人気番組を連発し、テレビ界を謳歌していった。
今の日本の政治は、国民に媚を売りすぎている。
政治家は国民の言うことを聞くのではなく、・・・いや聞くのも重要だけどね、政治家は「指導者」として上に君臨して、国民を引っ張っていかなくてはならない。

 

2つ目は、野党の審議拒否。
自民党政権時代の民主党などもそうだった。
野党が審議拒否をしたり、解散しろと迫ったり、基本的に政治を行っていない。議論をしていない。ゆえに政治が進まず、その進まない状況を国民は「内閣が悪い」として短命が続くことになる。

国民が社会や生活の悪化を全て内閣のせいにばかりしている。
日本の政府というのは、強力なリーダーシップを取ることがでいる権限の人がいない。一番強い権限を持っている総理大臣ですら、一人の政治判断で物事を動かすことが出来ない。日本の政治は、総理大臣、内閣、与党、そして野党も入れて、みんなで進めていかないと何も始まらないようにシステムが出来ている。これは戦後GHQが「日本が暴走しないように」と作り上げた仕組みだ。暴走はしないけれど、政治的進歩も遅くなったということ。

そんな中で国民は、総理大臣、内閣、与党のせいにばかりして、野党の不甲斐なさを見ていない。

野党の不甲斐なさとは、つまり「審議拒否」などによる国会の停滞作戦だ。

自民党も民主党もこの手を使った。
これは政治家失格の手だ。日本を停滞させる。
国会議員は「代議士」なのだから、「国民の代理で審議する人」であるのだから、「審議しない」なんてのはもってのほかだ。国会議員であるのなら審議しろってんだ!

 

3つ目は、自民党は野党に、民主党は与党に、それぞれ慣れていないということ。

民主党は、革新的な思想の人が多いだけに、理想ばかり高くて、現状を見られなかった結果として、今に至るのかもしれない。

自民党政権時代の野党は、それなりにちゃんと野党をやっていた。で、自民党が自滅して民主党が政権を取った後の自民党の野党姿勢がいけない。

すなわち、自民党は政治の場で「解散しろ」としか言ってない。
自民党は政権を民主党に奪取されて、それを取り返そうと必死になって、本来の政治の仕事がおろそかになっていった。解散ばかり叫んでいて、実のある審議を全然していない印象がある。

 

自民党政権時代も、現在の民主党政権時代も同じだった。
「ねじれ国会」ゆえに、野党が妥協を拒めば国会は一切動かなくなる。ゆえに与党側が最大限の妥協をすることになる。それでも野党が協力しない場合、国会は停滞し政治は評価を落としていく。
つまり、野党が作った停滞を、国民は「内閣が悪い」と評価して、その評価を理由として内閣は短命に終わっていく。

55年体制の自民党政権時代は、「ねじれ国会」になることも無く、国会はある程度スムーズに流れていった。
しかし、政権与党がコロコロ変わりそうな昨今、「ねじれ国会」という状態に対して「内閣の権限」が弱すぎる。「国会の力」に対して「総理大臣の権限」が相対して大きくなくては、現在の世は治められないのかもしれない。

総理大臣の主な権限は「大臣任命権」と「解散権」かもしれない。まぁほかにも実務があるけれど。もっと「拒否権」とか欲しいところかもしれない。

最近「参議院不要論」とか言われているけれど、これもこの「ねじれ国会」の対策論だ。でも二院制は維持しておいた方が良いような気がする。やっぱり「総理大臣の権限強化」が良い。

 

 

年末か、年始か、その辺りに有るであろう衆議院選挙の結果、政権は自民党にまた戻るのかもしれない。
その場合、民主党は良い野党として存在しえるかもしれない。しかし自民党はどうだろう。良い与党としてやっていけるだろうか。自滅したころの自民党の流れを引きずっている場合、また短命政権の連続に成っていくのだろうか。

野党に成った民主党は、与党時代の現実を体験として、政治の方向性を見直すかもしれない。もしまた何年後かに民主党が与党に成った暁には、「慣れてない」という事にはならないかもしれない。

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