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2011年9月 8日 (木)

「ワンダと巨像」オープニングの謎

「ワンダと巨像」がPS3でリメイクされますね。
(「ICO」も同時リメイクですね。)
もう数日で、発売日ですね。
ってことで、その前にまたPS2版をやっちゃいました。

そう言えば「ワンダと巨像」のオープニングについて、私はネット上で語った事が無かったので、今、ここで持論を展開してみます。

村長だか酋長だか、仮面をかぶった人物がしゃべている回想シーンのセリフです。

その地は・・・点と点たちが
当たった響きより始まり・・・

すべては無と有に置き換えられ
石に焼かれた記憶・・・

血と若草と空

そして光で織り成す像を
操る技を持つ者・・・

その世界では望めば死者の魂を
取り戻せると 伝え聞く・・・

・・・しかし その地に足を
踏みいれることは固く禁じる

これは一見すると意味不明な文章です。まぁ「死者が蘇る世界なのか・・・」っていう理解しかできない。

しかし、とある条件に当てはめて、これを読んでみると、なんと意味の通じる話と成ってくる。即ち、コンピュータゲームの話、いわゆる「メタ発言」という事に成るのかも知れない。

点と点を結んで、ポリゴンを作ることで、仮想世界は作られていく。

全ては0と1に置き換えられて、そのメモリーは半導体に焼かれる。

赤と緑と青、光の三原色。

人はそれらを操り、映像を作りだす。

その架空の世界では、望めば何でも叶う。

しかし、そんな仮想世界にのめり込んではいけない・・・。

今では欠かせない、立体表現をする為の技術「ポリゴン処理」。
「ポリゴン」とは直訳すれば「多角形」という意味であり、「ポリゴン処理」とはその多角形を画面上に大量に配置して描画していき立体表現をしていくものです。
この多角形の頂点の存在がポリゴン処理には重要であり、即ち「この世界(ポリゴンゲーム)は点と点から始まる」と言っても過言ではないのです。

「無と有」、というのは、コンピュータの勉強を少しでもした人ならすぐに連想する「0と1」。
「石に焼かれた記憶」とは、やはりこれも、コンピュータのハード面に詳しい人ならすぐに連想できる事です。「石」とは、「ROM(リード・オンリー・メモリ)」や「LSI(集積回路)」などの半導体のことを俗に現わす言葉だし、「記憶」とは普通に「メモリー」だし、つまりそれに合致する。

「血と若草と空」、ここまで推理してくると、この言葉が「赤、緑、青」の「光の三原色」の事を言い表していると容易に考えられる。
コンピュータに限らず、テレビや、デジカメ、フィルム写真などのカラー表現にも係わってくる話です。つまり、世の色は全て、「赤、緑、青」のそれぞれの強弱で表現出来る。そしてそれを利用して、コンピュータのディスプレイやテレビも、カラーで映像を表現している。

最後の三行は、ゲームばかりにハマってしまっている人への警告の様な話と成っています。たぶん、ゲームを提供する側としての上田Pの葛藤と、そして「ワンダと巨像」のストーリー上の言い回しとが重なった部分であろうと私は思います。

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コメント

本当に気の毒な人・・・
それ以下か・・・
情けない・・・

気の毒です・・・・


失礼!

投稿: たかし | 2011年10月 6日 (木) 21:26

>たかしさん

あなた知恵袋の人ですね。
何かストレスでもためてるんですか?

投稿: Snow | 2011年10月 6日 (木) 21:58

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