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2009年12月20日 (日)

感情を抑えない韓国人

【韓国ブログ】釜山射撃場火災、泣き叫ばない日本人の被害者家族

 日本人被害者の家族も報道されたが、静かに悲しみをこらえるその姿は韓国人にとって衝撃だったという。19日付けの中央日報は「大声で泣き叫ばない日本人」と、日韓の悲しみに対する表現の違いを伝えている。
 韓国人ブロガーの芝生(ハンドルネーム)「日本人はいつでも、悲しみを胸の中に飲み込もうとする態度を、他人に見せて来た。その努力は、社会的および個人的訓練によって体得された、高度な文化的所産のようにも思う。しかし、思う存分に悲しみを発散し、慟哭(どうこく)する姿が当然の韓国人の文化的感覚で見れば、それは偽善と同時に人間味のない態度にも見えかねないだろう」と述べている。

私からすれば、韓国人のアレは節操が無いと感じてならない。
また、「韓国ではあれ程までに感情表現する必要があるのか」と、哀れに思えてならない。

まぁ、韓国においてはそれが形式美にもなっているのかもしれない。泣き叫ぶことが儀式の一つになっているのかもしれないけれど。

こういった不幸な事件にかかわらず、韓国人というのは常に感情的である場合が多い。そしてその行動が勇み足になる場合もよく見かける。日本人みたいに成れとは言わない。しかし、せめてもう少し感情を自制してみてはいかがだろうか・・とも思ってしまう。

 

日本人がこの場合に泣き叫ばない理由は、決して「悲しみを胸の中に飲み込もう」としている訳ではない。日本の文化としては、その時点で感情をあらわにする必要が無いのだ。感情表現をする以前に周りの人達がその悲しみを理解してくれるため、「私はこんなに悲しいのよ」と自己主張する必要が無い訳だ。

日本には、鎌倉時代以降「判官贔屓(はんがんびいき/ほうがんびいき)」という心が有る。いや鎌倉以前からそういう民族なのかもしれないが・・・。つまり「弱者に同情し声援する感情」である。日本人が想い描く「正義の心」は主にこれに起因する。 この心の持ちようが他者の不幸を敏感に察知し同情する。 そして当の不幸を被った人からすれば、その同情されている状況を理解しているからこそ、それ以降、必要以上の「私は不幸だ」という感情表現は起こらなくなる。
日本人の心の優しさが「泣き叫ぶこと」への必要性を無くし、このような事件の際には遺族はゆっくりと涙を流して悲しんでいくことになる。

 

・・・つまり私は、感情表現が必要な韓国の文化を見て可哀想だと思う訳です。悲しみに包まれている人の周囲の心に、冷めたものを感じてならない訳です。

どこかの国の原住民の話ですが、その文化の言語には「ありがとう」という言葉が無いのだとか。人に感謝する心が無いのか・・・、いや違う。その原住民たちは感謝しないどころか、常にそれぞれが愛に満ち溢れて、感謝し合って協力関係にあるからなのだ。つまり「常にありがとうの気持ちに満ち溢れている民族」ということ。わざわざ言葉にする必要が無いということ。

感情や言葉を表に出さないからと言って、それが感情や想いの薄さを表すものではない。

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