石油の枯渇について
石油の枯渇とは、石油埋蔵量がゼロになる・・ということではない。
現在の油田のように活用しやすい状態で採れる状態ではなくなる・・・ということを枯渇という。つまり経済的に採算の合う状態云々が関わってきて、その数値は現在、数十年とか計算されている。
去年あたりまでの石油の高騰では、オイルサンドなどの採算性まで出てきた。これは何を物語っているかと言うと、石油の値段が上がれば、今まで使えなかった石油資源に手が出るという事。
しかし同時に私は思いました。
オイルサンドを扱うような事態、時代というのは、石油の値段がこれほどまでに高くなる時代だということ。生活に使う費用のエネルギーに回される割合が増える社会において、それほどまでに石油の需要が起こるだろうか。
オイルサンドの活用が普通に成った社会が将来きたとして、その頃にはもうすでに、脱石油な意識が世界中で起こっているのではないか・・・と。
オイルサンドなどの扱いづらい石油の活用を続けた場合、それなりに「完全な枯渇」までの時間は稼げるでしょう。しかし、その石油を活用できるのは果たして普通の一般市民だろうか。
■枯渇後の社会
まず、石油がなかった時代の社会のエネルギーを考えてみる。
薪や炭を燃やしたり、植物油で明かりを灯したりしていた。薪、炭、植物油・・・ということは「バイオマス・エネルギー」ということ。
来るべき枯渇後の社会においては、これに水力発電、風力発電、太陽光発電などがプラスされる。つまりは、バイオマス、水力発電、風力発電、太陽光発電などによって、石油の穴埋めを行わなくてはいけない。
ある統計によると、石炭は今後150年くらいで枯渇するらしい。原子力発電の燃料であるウランは80年で枯渇するらしい。これらによって、石油枯渇からの時間的猶予は与えられるのかもしれない。この猶予の間に何とかしなくてはいけないのでしょう。
問題は、バイオマス、水力発電、風力発電、太陽光発電などのクリーンエネルギーだけで世のエネルギーを全て賄えるかってことですね。
無理でしょう。
100年後、例えば車(電気自動車)は公共のバスなどだけ・・・とか。そういう社会に成ってるかも知れません。
■今やるべきこと
バイオマス、水力発電、風力発電、太陽光発電などによって社会を支える、そのような社会への改造を目指すこと、技術的な発展を目指すことが求められるのでしょう。
人、一人一人が「レジ袋を使わない」とか、そういうのも良いけれど、もっと抜本的な社会構造改革が求められる。レジ袋の必要ない社会、使い捨て文化の必要ない社会、その構築が必要になる。
一部、エコバッグを否定したり、リサイクルを完全否定したりしている「武田邦彦」のような存在が居ますが、私はそのような意見には賛同できませんけれどね。
私はエコバッグは否定しない。リサイクルも大賛成であり、社会はそれらを高効率で行うための社会を作るべきと考えます。
ハイブリッド自動車、電気自動車などの技術的改革はとても有意義なものと私は考えます。電力と言うのは現在は火力発電がある程度の割合で元となっているけれど、将来的にはクリーンエネルギーだけでも動く・・・という可能性を秘めています。
石油を使わない・・・となると、節電、節約・・・とかだけの省エネや省資源の話に成るけれど、個人の電気代を節約・・とか、生活を苦にするような行動だけでは長続きしない。節約なんてものは、石油が高騰すれば必然的に起こることでしょう。それよりも社会構造がその行動によって少なからず変わるものなら、やっていても有意義なことでしょう。
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