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2009年2月 7日 (土)

団塊の黄昏

今年、団塊の世代の多くが定年を迎える。

団塊の世代、またはその周辺の人に言わせれば、「団塊の世代は頑張った世代」などと言うことが多い。また「団塊の世代は人と違うことをやることが好き」という側面がある。

私は団塊ジュニアと言われる世代の人間だ。
そんな私は団塊を、「世の中に流された世代」、「経済の成長が自分達の成果だと勘違いしている世代」と考えている。また、「人と違うこと」と称して行っている行動が、実は「ちょっと違うことをみんなで揃って行う」という、つまり「みんな同じ行動を取っていた・・・」という何とも面白い矛盾した結果を生んでいた。・・・そう考えると哀れな世代だとも思ってしまう。

団塊の世代とは、戦後のベビーブームに生まれた世代のことであり、人が多いがゆえにその世代は「個性」を自分に求めた。しかし学生時代においてその個性を踏みにじろうとした社会に反発し学生運動などを起こした。そして彼らが社会の実権を握る時代に入り、例えば文部科学省の団塊世代は、「子供達の個性を引き出す為に『ゆとり教育』を」と掲げた。
団塊の世代による「個性コンプレクス」は、近年の団塊世代の定年によってやっと社会から消えていくのでしょう。

経済界は、70年代までの高度経済成長を忘れられず、擬似的成長によって80年代後期にバブル経済に踊りまくった。働き盛り40歳前後の出来事だ。
バブル経済を作り上げたのは彼らの世代ではないにしろ、これを経験してしまったことは、団塊の世代のその後を占う負の遺産となっただろう。

私が考えるに、団塊の世代には悪いが、団塊の世代が社会から去ることは日本にとっていい流れを作る切っ掛けとなるはずである。
世の中は「団塊の世代の定年によって働き手が足りなくなる」などの懸念が言われている。しかし、その懸念は実は現場ではあまり感じられない。社会学者の机上の論文から生まれた「説」なのでしょう。まぁ今はこのネタ以上に就職難や派遣切りなどがニュースを飾っているけれど・・・。

イメージの悪い言葉で言うならば、私は団塊の世代は「老害の塊」だと考える。これは日本の将来を考える上でとてもいい切っ掛けなのでは、と考える訳です。

私は仕事の関係上、定年退職した人材と交流する機会が多く有る。例えば講演会を行うとか、実務教育を手伝うとか。しかしそれらの多くがハッキリ言って無駄なこと。いや「多く」というか私の経験したそれら全ては実際に無駄な行事だった。
定年退職した人をパートタイムで雇うのはとても有意義なのですけどね。「私の仕事のノウハウを伝えたい」とか、ハッキリ言って必要ない。みんな既にそれくらい身に付けてるってば。
そういう流れの中にとうとう団塊の世代も入ってくる訳で、もうこれは使ってはいられない。不況のさなか、無駄な人材に無駄な行事をさせてあげるほど世の中はおめでたくない。
愚痴っぽく成っちゃいましたが、これは商工会議所や親会社のOB会などで最近流行ってる無駄な事業なわけですよ。嗚呼、なんとかしたい。

嗚呼、話はズレるけど、
政治家も、団塊の世代よろしく、老害世代は引退して欲しいものだ・・・。

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コメント

happy01私のような定年失敗者もいます。
thinkこんな失敗しない為にも、たまにはブログに遊びに来てくださいね。
happy01リンク貼れたら、よろしくお願いします。

投稿: へぼ株おじさん | 2009年2月 9日 (月) 20:19

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