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2009年1月20日 (火)

社会を見る思考

「銀河英雄伝説」に、とある一説がある。
世の情報に関する一つの考え方を語る台詞だ。

「一つだけ教えておこう。
世の中に飛び交っている情報ってものには、必ずベクトルが掛かっている。つまり、誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり、その情報の発信者の利益を図る方向性が付加されている。それを差し引いてみれば、より本当の事実関係に近いものが見えてくる。」

--「でも、その発信者の正体が判らないときはどうするんです?」

「よく言うだろう。
犯罪が行われた時、その犯罪によって利益を受けるものが真犯人だと、それと同じさ。」

まぁ、世の中を見るうえで正しい見解を得るための基本といえるだろう。

しかし問題は、どの情報が「悪」でありどの情報が「善」なのか、それを判断する事が難しいということ。一つの安易な方法として「信頼できる情報筋」というものを持つことが挙げられる。しかしこれも、その信頼度の流動性を考えると絶対的なものとはならない。

世の中の情報を取りいれ、どのようにして自分の中で真実をつかむのか。

世に流れる数値や話題にはいくつかの種類が有る。つまり、
 ・事実から生まれた「データ」
 ・データにより生まれた「情報」
である。
「データ」と「情報」は違うものだ。データは結果の羅列であって、何が必要で何が不要なのか一見すると解からない。そこで情報処理を行うことで、見る側の解かりやすい「情報」が作られるわけだ。
よって、「データ」と「情報」の間には、必ず情報処理者の感情や思考が挟まることになる。これはマスメディアなどに多く見られる行動の一つだ。

「情報処理」とは、実はIT用語である。
「データ」を計算によって「情報」に変えるコンピュータ・プログラミング。
機械計算による情報処理。
インフォメーション(情報)テクノロジー(技術)。これがIT。

「情報化社会」といわれて久しい昨今、情報の海に溺れてしまう人々が多く生まれ、それに呼応して、目ぼしい情報をピックアップしてくれる存在が有りがたがられている。存在とは多くの場合、企業であり、利益追求のベクトルが掛かっている。

 

つまり、「情報を処理する存在」が世を操作しているのであって、その情報処理の結果生まれた情報が、一般的に見て美味しそうなものであった場合、その情報は爆発的にヒットしてしまう。・・・ただ、それは本当の意味で「美味しいもの」なのだろうか。ベクトルに流されてはいないだろうか。

 

では、ベクトルの掛かっていないより正しい情報が欲しい場合はどうすればいいのか。

それは、自分で「情報処理」の作業を行えば良い。
ただそれだけのこと。
自分なりの正しい情報が欲しい場合、データのみを取り入れて、自分なりの思考にて情報処理を行い「情報」を生み出す。そしてその情報と現実との差を感じた時、そこにベクトルを感じれば言い。そのベクトル根本には、必ず自分の思考と相反する人間がいる。

ただ、その「相反する人間」という存在が、「悪」である可能性はそれほど高くない。自分の思考が間違っている可能性や、「善」対「善」の攻防である可能性も有る。

 

・・・そう。
ここからが真の難しいところ。
悟りの境地などが必要になってくる。

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