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2008年12月15日 (月)

環境問題におけるモータースポーツの是非

質問サイトなどをながめていると、たまに「環境問題におけるモータースポーツの是非」が問われている。

Yahoo!知恵袋 - 検索結果

「F1などでの燃料消費は無駄ではないか」、「無駄にCO2を排出している」など。
そう感じるのも解からないでもないです。ショートしてのF1を見たとき、そのレクリエーションの為のエネルギーは無駄だと言えなくも無い。

しかし、F1などのモータースポーツは、ショーとして以外の存在意義というものも有る。 つまりそれは、「技術革新の場」としての意義だ。

その技術とは、
 「少ない燃料で高出力なエンジン」
 「極限域での安全性、コントロール性」
という課題を乗り越える技術である。そしてその技術は一般の車社会に繁栄され、
 「燃費の良いエンジン」
 「運転ミスによる交通事故の防止」
と繋がっていく。

F1で培われた技術は、現在の省エネエンジンの技術を磨き、また性能の良いタイヤを生んだ。 「エコな車ライフ」という存在は、元をたどれば大抵がモータースポーツの場での技術革新に行き着く。

モータースポーツの歴史は車の発明と共にあるが、例えばそれらの一切が禁止されていたならば、現在の車社会は、数十年前の技術のままだったでしょう。燃費、排ガス、安全性能。全てが未熟なまま。
ここ数十年のうちで発せられた世界中での車に関する環境規制も、モータースポーツでの技術がなければ達成されないものだ、と言っても過言ではない。

 

趣味でサーキットなどを走っている車好きの存在も棄てたものではない。

趣味人は趣味に対して大金を惜しまない。そして進んで実験台を買って出る存在。そんな場からも多くの技術やアイデアが生まれ、それをメーがーが採用し、市販車にフィードバックされる。

ロータリーエンジンの燃費が良くなったのも、一般のタイヤ性能がここ10年で著しく向上したのも、レシプロエンジンだって例外じゃないし、給排気系の突き詰め、足回りの機構とセッティング、全てにおいて趣味人レーサーからのフィードバックな部分が少なからず有る。

「爆音で近所迷惑」と言われていた趣味な改造車は昔のこと。現在では消音性能のいいマフラーのまま、エンジン性能を維持する技術が発達している。
今の時代に爆音なのは、わざとやっている暴走族のみ。
機械の技術競争に環境論を交えたレギュレーションが加われば、それは性善説しか生まれないもの。

 

モータースポーツの一場面だけを見て、「環境に悪い、今の時代に逆行だ」と言ってしまうのは、勇み足というもの。

一回のレースに何百リッターのガソリンを使おうが、それは革新を迎えるための必要な存在。無駄ではない存在。
例えば・・・環境問題などを安易に言っている人に限って「産地直送の野菜」とか食べてるかもしれない。そういう人達の望みをかなえる為の長距離輸送トラックの年間燃料は、F1一年分の燃料の何百倍、何千倍、何万倍です。

F1の燃料に疑問を持つ前に、我々社会の「地産地消精神」の理解を確認してみるべきでしょう。

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