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2007年12月30日 (日)

明治維新で「江戸」が「東京」に変わった理由

いつだったか「その時歴史が動いた」でやっていました

番組によると、明治維新期に正式な江戸への遷都令は発令されていないらしいです。
公家や保守的な大名、そして市民がそれを大反対したかららしいです。
正式な遷都令が無いのはそれに配慮したことだとか。

しかし、江戸幕府の築いた江戸の地は首都として相応しく、時の政府は遷都をめざした。

そこで、江戸の地を「東の京」ということにして、京の人に対して「正式な都ではないですよ」っていうイメージを作った。
そして、京の都を「京都」にして、京=都というイメージを作った。
明治天皇が視察に行く(行幸)・・・という名目で2度東京へ行き、2度目は京に帰ることなく、そのまま明治天皇は旧江戸城に住むことになった。

結果として、「事実上の遷都」を成すための過程で「東京」という名前が生まれた、ということです。


その時歴史が動いた
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2003_05.html


 
2008/01/21
Yahooトップ画面にて、以下のページが紹介されました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212144737
このブログ記事の元であり、「知恵袋」の質問に対して私が回答したものです。
数十万件の閲覧と、会員さんからの数百件の好評価をいただきました。
Yahooさん、並びに各会員さん、好評価していただいて誠にありがとうございます。

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