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2007年4月18日 (水)

鉄の歴史と、邪馬台国

遥か昔・・・、
人類は砂漠で夢のような物質と出会う。

鉄の文化、その興りは隕石だった。
太古の昔、まだ鉄を精製する技術も無かったとある時代のエジプト、その遺跡から鉄器が発見される。
成分を分析してみると、明らかに隕石由来のものであるらしい。

人類は鉄に魅せられた。
硬くて丈夫。
夢の物質だったに違いない。


時は流れ、人類は各地で鉄の精製に成功する。
紀元前15世紀頃のヒッタイト人が最初であるというのが有力な説だ。
ヒッタイトとは「カデシュの地政学」でも語った文明で、中東地域北部、現在のトルコの地にあった。
紀元前1190年頃にヒッタイトは滅び、そして製鉄技術は各地に散って行ったと推測される。西へ、東へ。

■金属製造技術
古代西洋・・・鍛造(たんぞう)。金属をハンマー等で叩いて圧力を加える事で、金属内部の空隙をつぶし、結晶を微細化し、結晶の方向を整えて強度を高めると共に目的の形状に成形する。
古代中国・・・鋳造(ちゅうぞう)。金属を融点よりも高い温度で熱して液体にしたあと、型に流し込み、冷やして目的の形状に固める加工方法。鍛造よりも圧倒的に製造効率がいい。


ヨーロッパ、特にスウェーデンには良質の鉄が取れる山があり、それらにより鍛造が広まったのかもしれない。
一方中国では徹底的に熱して鉄を融かし純度を高めて精製した。

時は流れ、後漢の時代、王朝はすべての鋳鉄所を国営化し皇帝がその製造を独占した。
その頃は朝鮮半島の大部分も漢の領土であり、半島にも鋳鉄所と技術者がいた。
後漢後期になって朝鮮半島は事実上漢から分裂し、それと同時に鋳鉄所も独立した。
その後、三国時代に入り魏が半島に攻め入ったのを機に、製鉄技術は日本列島に伝わった。

後漢の時代の日本は卑弥呼の時代だった。
日本は漢から鉄器を大量に購入していた。紀元前から日本でも製鉄はしていたのだが、技術や国力が間々ならず量的には大した事がなかった。
一説に、邪馬台国の国力は朝鮮半島で精製された漢の鉄器によるモノが大きいと言われている。
卑弥呼はその輸入ルートを確保し、日本を手中にしたのだろう。
そして、後漢が滅び、魏が台頭する。
それとほぼ同時期に卑弥呼はこの世を去る。
それらの間隙に日本は大陸から本格的な製鉄技術を手に入れる事が出来た。

時代は邪馬台国からヤマト朝廷へと移行し、聖徳太子の確立する天皇の政治体制となっていく。
そしてその頃から、日本の製鉄の歴史が本格稼動するのだ。
邪馬台国の時代には、鉄器(剣や武具)は主に九州で見つかっているが、ヤマト時代には近畿地方で主に使われている。
これはまるで日本の中心地が移動したかのようだ。


世界に誇る日本の製鉄技術。
それは、言うなれば鍛造と鋳造のいいとこ取りと言っても過言ではない。

西洋では鉄鉱石の純度に頼った製鉄をしていた。スウェーデン鋼だ。
中国ではドロドロに鉄を融かし製鉄していた。
鉄をドロドロにするには1600度の温度が必要となる。
しかし、日本の製鉄は1300度での職人による三日三晩寝ずの製鉄でした。これを「たたら製鉄」とよぶ。
たたら製鉄の類は世界各地であったのだが、日本はその文化として群を抜いていた。
原料、製法、温度、そして職人としての心が絶妙だったと言える。
それにより日本の誇るべき鉄、「玉鋼(たまはがね)」が出来上がるのだ。

西洋も中国も、古代から20世紀の現代まで鉄の純度は90%がせいぜいであった。
自然の力、スウェーデン鋼を使ってやっと高純度を実現していた。
しかし、日本の鉄は千数百年前から純度99%を実現していた。
それは歴史ある刀や太刀が証明している。
ステンレスでもなくメッキもされていない、ただの鉄が千年もの間、錆びずに現代に残っている。
これは、純度99%の「玉鋼」の成せる業なのだ。

邪馬台国の場所について、九州説と近畿説があるが、私は、言うなれば九州説派だ。
しかし近畿にも同時に邪馬台国はあったのではないかと私は思う。
つまり、邪馬台国の本拠地は九州にあり、他の多くの相対する国がある近畿にも直轄地があったのではないかと。
九州の本拠地では大陸との貿易により富と鉄を手に入れた。
そして近畿でその力を発揮し日本を治めた・・・。
私はそう思うのです。

その後、卑弥呼が死に、鉄の技術を手に入れた日本は、政治の中心地を人口の集中地域である近畿に移しヤマト時代へと突入していく。

邪馬台国は滅んだのだろうか?
いや、私が思うに邪馬台国は滅ばずにそのままヤマト朝廷へ姿を変えたのではないかと思っています。
卑弥呼の一族は権力を負われた可能性が高いですがね。
邪馬台国の政治体制を引き継ぎながら、近畿へ遷都し、天皇を拝した政治体制。
すると天皇家とはなんだろう・・・って事になるのだが、それに関しては秦氏(はたうじ)とかその辺の面白そうな話と絡まって想像の羽根が広がります。

「鉄は国家なり」
これは何も昭和の高度成長期だけの言葉ではありません。
ヤマト朝廷の頃からそうだったのです。
いやぁ、鉄の歴史と日本。
面白いと思いませんか?

 

一応言っておきますが、今後の歴史でも同じように「鉄は国家なり」であるかは解りません。
たぶん違うと思います。

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コメント

 邪馬台国が栄えていた弥生後期、九州と同様に鉄器製造が盛んであったのが山陰出雲地域だということが最近の考古学調査で分ってきております。鳥取県米子市の妻木晩田遺跡や島根県安来市の塩津山遺跡では多くの鉄器や製鉄工具が発見されいます。
 一方、当時の近畿圏での鉄器産出はかなり少なく、その直前に発達した青銅器の量から比べると貧弱なものでした。そのギャップを埋めるために、出雲の鉄で近畿圏にはヤマト王権が樹立したという説が脚光を浴びています。こう考えると、近畿の鉄不足や弥生後期の出雲の勃興などが上手く説明できるためです。

投稿: 古代出雲ファン | 2007年8月20日 (月) 11:35

 私は出雲は魏志倭人伝に書かれた「投馬(つま)国」と思っています。投馬国は邪馬台国に継ぐ大国のように描かれています。
 きっと、このころの大和は出雲の植民地であったにも関わらず、出雲をしのいでいたため集権化が始まっていたのでしょう。
 ところでなぜ投馬という名前かというとそれは妻を意味し、イザナミ神の里といういみがあったのではないでしょうか。しかも卑弥呼も出雲からきた女王で大和から諸国を治めていたふしが感じられます。初期の歴代天皇が出雲系の妻を娶っていることからも推察されます。女系の王とは巫女のトップでありこれは、青銅器時代までつづいた石器時代の名残の社会構造でした。しかし鉄器の時代にどっぷりと漬かり始めていた。男系の王が宗教でない形で国を治めるスタイルが世界各地で確立していったなか遅れてそれに踏み切ったのが、大和王朝の樹立だったのでしょう。女系=共和制=内政的、なのが男系=大統領制=軍事、外交的に転換せざるを得なかった。
 しかし、遅れたからこそ文字が確立しても石器時代的(あるいは縄文的)要素が文化の中に残り、平安期の女流文学を旺盛にしたり、自然を愛でるような無文字時代の感性を、文字化した時代へ温存でき、いわゆる日本文明的な特徴を有したとおもえるのです。

投稿: 峠之内 | 2007年10月17日 (水) 00:47

こんばんは。
いきなりぶしつけな質問お許し下さい。

>■金属製造技術
>古代西洋・・・鍛造(たんぞう)。金属をハンマー等で叩いて

とありますが、古代西洋の少なくとも武器に関しては鋳造であったと記憶しております。15世紀当たり以降から加鍛鋳造もあったと伺っていますが、そのあたりはちょっとあやふやです。いずれにせよ西洋の鍛造に関して凄く興味があります。もしよろしければそのあたりお聞かせ願えないでしょうか?
nnn
http://mugendun.blog.shinobi.jp/

投稿: nnn | 2008年8月22日 (金) 05:04

>nnnさん

そうですね。当然鋳造が全く無かった訳ではありません。
金属の精製としては青銅は完成度の高い鋳造が行われていましたが、製鉄に関してはアジアに比べると技術が乏しかったんです。中世においてコークスの技術が発展するまでは、必然的に鉄の加工は、アジアと比べちゃうと鍛造に頼った部分が多かった訳です。
・・・ま、もう昔に書いた記事で何を思って書いたのか忘れちゃいました。
それに、何の資料を元に書いた訳でもなく、私の何かの記憶に頼って書いただけの物です。この記事のメインは西洋じゃなく、日本の鉄の歴史の仮説ですしね。西に関しては、教科書でも公式文書でもないので無責任に書いている部分もあります。あしからず。

投稿: Snow(ブログ主) | 2008年8月23日 (土) 21:38

日本刀なども鍛造で出来上がっておることはご存知のことと思います。むしろ「武器」というジャンルで見た場合は
鋳造と鍛造では鍛造のほうが上とされておると伺っています。
量ではなく質と言う意味で精製法としては脱炭を不得手とする西洋の坩堝より自然に不純物がろ過される日本の蹈鞴が上というのはよく知られていますが武器加工方法としては鋳造のほうが上なのでしょうか?

金属加工技術という点で鋳造鍛造どちらが優れているかという分類もあるのかもしれませんが、
「頑丈な武器を作る」そういった観点からは鍛造の圧勝であると聞いております。
そうした認識から
「古代西洋でも鍛造で武器を造れていたのか?」と疑問を感じた次第です。

要するに本文記事で語られている古代西洋での鍛造とは温度の低い坩堝で精製された「不純物が多く、完全には液化させることの出来なかった」鉄を材料にして鍛造していたという意味だったのですね。
それならば納得です。

投稿: nnn | 2008年9月18日 (木) 18:34

>>nnnさん

貴方はこの記事に対して何に異論を感じ意見しているのですか?
鍛造と鋳造、どちらが優れているとかそんな事は私は何も言っていません。先のコメントにて私は「鉄の質に関する優劣」ではなく「製鉄に関する温度管理の技術」の話をしただけです。

日本刀は鍛造の技術も優れていますが、それと同等にその材料も凄く重要です。明治維新以降のコークス使用による西洋鉄を使った日本刀はすぐに錆びてしまい実用にも美術品にもならないものでした。現代においてたたらを復活させてみてやっとその謎が解けたんです。


>武器加工方法としては鋳造のほうが上なのでしょうか?

何を勘違いしてそれを言っているのか解かりません。
私はどこかで「鉄として鋳造は下」って言っていますか?
何か自論を展開したいならこの場ではなく自分のブログでやってください。
辟易です。

例えば中国はたたらのような製法を巨大化させることで古代から鋳造を行っていました。漢の時代です。西洋において鋳造が発達したのはコークスの発明からです。大航海時代前夜といった時代でしょうか。高熱を作る技術はアジアの方が速く発達し、それに伴って製鉄の盛んさに差が生まれました。
この事についても私は「鋳造が優れている」とも「鍛造が優れている」とも言っていません。

当然、鋳造は武器に限らず鉄製品を効率的に作ることが出来ます。軍事的な武器としては物量問題として鋳造が有利となるでしょう。
そして、鍛える事をしない鋳造のみの鉄は、叩き込んで鍛えた鍛造にはかなわない部分が有ります。しかし技術の乏しい(温度が上がらない炉による加熱での)鍛造で鉄製品を作るのと、高温で溶かして鉄を作る鋳造とでは、断然後者の鋳造の方が優れた鉄を作ることが出来ます。
一度玉鋼のような鉄を精製し、そこから鍛造工程を行って作った日本刀は製品としては中世までの技術として最上級であったことでしょう。

私はこのような理解の中で、またこの記事の中で、鍛造と鋳造の優劣を説いた記憶はありません。どちらも重要な製鉄の手法であり適材適所な活用が必要です。
nnnさん、貴方がこれについて何を私に反論したいのかが解かりません。貴方は優劣を説きたいのですか?

それに、こんな忘れた頃にコメントされても困ります。

投稿: Snow(ブログ主) | 2008年9月18日 (木) 19:51

怒らせてしまってすいません

そんなつもりはなかったのですが…

単純に「西洋の鍛造」に興味があっただけです。
既に8月23日にて「知らない」という回答がなされていたのですからそこで終わりにしておけばよかったですね

気分を害してしまいもうしわけありませんでした。

投稿: nnn | 2008年9月21日 (日) 14:26

魏書の西暦239~250年くらいの記述は、
日本書紀の崇神紀の崇神治世十年前後の記述
と同じ。

邪馬台国=大和国
女王・卑弥呼=媛命=ヤマトトトヒモモソ媛命(孝霊天皇皇女)
女王・台与=豊=豊鍬入姫命(崇神天皇皇女)

投馬国=出雲国

狗奴国=許乃国(この国・参照:山城国風土記逸文)
男王・卑弥弓呼=彦命=武埴安彦命(孝元天皇庶子)
官・拘右智卑狗=河内彦(武埴安彦命の母方の一族・河内の領主)

投稿: | 2008年10月25日 (土) 11:39

いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、
それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興さ
れたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な山陰の青銅器時代がおわり日本海沿岸には四隅突出墳丘墓が
作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と
安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと
考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。
 同じ出雲でもちょうど、西谷は出雲大社の近く、安来は伊邪那美尊の神陵地の近くなので神話とのかかわりにも興味が出ます。

投稿: 大和島根 | 2008年10月30日 (木) 21:50

 安来にはこの前、足立美術館へ行ってきました。世界一の日本庭園は惚れ惚れしました。お気に入りの神国日本という横山大観の絵も見れてものすごく感動しました。

投稿: 謎の中国人 | 2009年4月22日 (水) 19:52

 やはり、鍛造のことを考えるのであればその原料となる玉鋼のことを調べたほうがいいのでは?日立金属さんの「たたらの話」というのは大変参考になるのではと思いました。

投稿: 佐原 | 2010年12月28日 (火) 08:26

玉鋼も、たたらも、日立金属も知ってますよ。
日立金属のたたら製鉄はNHKのプロジェクトXでもやってましたね。

投稿: Snow | 2010年12月28日 (火) 15:16

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